東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2899号 判決 1986年9月19日
原告
山本博
被告
大栄交通株式会社
主文
被告は、原告に対し、四八四万三四五二円及びこれに対する昭和五七年四月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、六四二万八九九六円及びこれに対する昭和五七年四月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年四月九日午前二時四〇分ころ
(二) 場所 東京都豊島区上池袋二丁目三九番一二号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車(練馬五五え五八四一)
(四) 右運転者 時田貞雄(以下「時田」という。)
(五) 被害車 普通乗用自動車(足立五五え二九七〇)
(六) 右運転者 原告
(七) 事故の態様 原告が被害車を運転して本件事故現場を進行していたところ、時田運転の加害車がセンターラインをオーバーして被害車に正面衝突し、原告に後記傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)
2 責任原因
右事故は、被告の従業員である時田が、被告の業務の執行中に速度違反、前方不注意、車両通行方法違反、ハンドル、ブレーキ操作不適当、過労居眠り運転等の過失によつて発生させたものであり、被告は、加害車を保有して事故のため運行の用に供していたのであるから、被告には民法七一五条一項、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により原告の後記損害を賠償する責任がある。
3 原告の受傷状況
原告は、本件事故により外傷性頭頸部症候群、全身打撲、胸肋間挫傷の傷害を受け、昭和五七年四月九日から同年五月一六日まで三八日間、頭部打撲傷、頸部捻挫、腹部打撲傷、内臓破裂の疑い等の病名で豊島区上池袋三丁目一番三号所在の鈴木外科に入院し、同月一七日から同年七月一日まで四五日間、頭部打撲傷、腹部打撲傷、頸椎捻挫の病名で江東区木場五丁目七番五号所在の木場病院に通院し(実治療日数二八日)、同月二日から七日まで外傷性頭頸部症候群、全身打撲、胸肋間挫傷の病名で台東区柳橋二丁目二〇番四号所在の柳橋病院に通院し(実治療日数五日)、同月八日から同年八月二〇日まで四四日間同病院に入院し、八月二一日から昭和五九年五月一五日まで六三四日間同病院に通院した(実治療日数五〇四日)が完治せず、同日症状固定したが、両頸部、小後頭神経領域に残つた疼痛、圧痛、頭重感、めまい、嘔吐感等の自律神経症状が残在し、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級の後遺障害が残つた。
4 損害
原告は、本件事故により次のとおりの損害を受けた。
(一) 治療費 四九三万九二六二円
原告は、治療のため右金額を要した。
(1) 鈴木外科病院 一二一万三三八〇円
(2) 木場病院 二三万七七三〇円
(3) 柳橋病院 三四八万八一五二円
合計 四九三万九二六二円
(二) 入院雑費 八万二〇〇〇円
原告は、右入院期間(八二日間)中、入院雑費として一日当たり一〇〇〇円を要した。
(三) 通院交通費 二四万一〇九〇円
原告及び付添した妻の通院のため、交通費として右金額を要した。
(四) 休業損害 七五九万五六八八円
原告は、本件事故当時タクシー運転手として栄泉交通株式会社に勤務し、日額にして九九四二円の収入を得ていたものであるが、本件事故のため、昭和五七年四月九日から昭和五九年五月一五日までのうち七六四日間全く勤務ができなかつた。その間の休業損害は次の計算式のとおり右金額である。
(計算式)
九九四二円×七六四=七五九万五六八八円
(五) 賞与減額損 一三二万六一七〇円
原告は、右休業のため、その期間に得られるはずの右金額の賞与が得られなかつた。
(六) 入通院慰藉料 二四四万円
原告の、本件事故により受けた傷害による入通院のための精神的苦痛を慰藉するためには入院につき一〇〇万円、通院につき一四四万円が相当である。
(七) 後遺障害慰藉料 二四〇万円
原告の、本件事故による後遺障害による精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
(八) 逸失利益 二一九万八一〇一円
原告は、前記後遺障害のため、症状固定日から五年間にわたり一四パーセントの労働能力を喪失したものであるから、前記収入日額九九四二円を基礎にし、五年間の逸失利益をライプニツツ方式で年五分の割合の中間利息の控除をすると、原告の計算によれば右金額となる。
合計 二一二二万二三一一円
(九) 損害のてん補
原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)及び被告会社から合計一三八五万八九三七円の支払を受け、右の他労災保険から休業特別支給金として一五一万八八三二円の支払をうけているので、以上の金額を右損害から控除すると残額は五八四万四五四二円となる。
(一〇) 弁護士費用 五八万四四五四円
原告は、被告が任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、右金額が相当である。
合計 六四二万八九九六円
よつて、原告は、被告に対し、右損害金六四二万八九九六円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年四月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実中、事故の態様は否認し、その余は認める。
2 同2(責任原因)の事実中、被告の従業員である時田に被告保有の加害車を使用させていたことは認め、その余は否認あるいは争う。
3 同3(原告の受傷状況)の事実は全て知らない。
4 同4(損害)の事実中、(一)の治療費及び(九)損害のてん補は認め、その余は不知あるいは争う。
三 抗弁
本件事故は、加害車の単純なセンターラインオーバーによるものではない。時田は、加害車を運転して、本件事故現場を前方をよく注視して走行してきたところ、加害車の右前方から歩行者が飛び出して加害車の直前を駆け抜けようとしたため、歩行者との衝突を避けるため急制動の措置を講じた。その結果、加害車はスピンし、車体を回転させながら対向車線にはみ出し被害車に衝突したものである。加害車が急制動の措置を講じたため、歩行者との衝突は避けられたが、歩行者はそのまま逃走し、身元は判明していない。
右のような事故態様に鑑みれば、本件事故の責任の大半は、急な飛び出しをした歩行者にあるといわなければならない。
また、原告も前方を注視していれば、歩行者の飛び出しに気づいていたはずであり、スピンした加害車との衝突を避けるため、一時停止するとか、ハンドルを左に転把するなどして、何らかの回避措置をとれたはずである。その点漫然と走行した原告にも、多少の過失があつたというものである。そこで、相当程度の過失相殺をすべきである。ちなみに、東京労働基準局では、本件事故についての被告に対する労災保険の求償につき原告の過失を二〇パーセントと算定している。
四 抗弁に対する認否
争う。
加害車の右前方から歩行者が飛び出して加害車の直前を駆け抜けようとしたこと、時田が歩行者との衝突を避けるため急制動の措置を講じたことは否認する。
加害車は、一瞬の間に突如センターラインをオーバーして被害車に激突したものであり、本件事故は加害車の運転手時田の一方的な暴走行為により発生したものであるから、原告に何らの過失もない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実中、事故の態様を除いて当事者間に争いがない。
二 同2(責任原因)の事実中、加害車を被告が保有していることは当事者間に争いがない。そうすると、他に特段の主張、立証はないから、被告は、加害車を自己のために運行の用に供していたものというべきであり、被告には、自賠法三条により原告の後記損害を賠償する責任がある。
三 事故の態様及び過失相殺の抗弁について判断する。
1 成立に争いのない甲一号証の二から九まで(二及び四は後記措信しない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
本件事故現場は、王子方面から池袋駅東口方面へ通じる歩車道の区別のある車道幅員約一四・八メートルの片側二車線の道路であり、指定最高速度は時速四〇キロメートルに規制されており、直線で見通しは良く、路面は平坦でアスフアルト舗装がされ、中央にはセンターラインがひかれ、本件事故当時は乾燥していた。
時田は、加害車を運転して、右道路中央寄り車線を王子方面から池袋駅東口方面へ時速七〇キロメートルで走行していたが、自車前方二四メートル以上先に、自車線の中央寄り車線の歩道寄り車線に近い位置に右方から左方に横断中の歩行者を発見し、これを避けるために、ハンドルを若干右に転把し、次いで、左に転把して進行方向を修正しようとしたが、指定最高速度を大幅に超過していたため、ハンドル操作を誤り、ハンドルをきり過ぎたため、自車線の歩道寄り車線に進入し、更に、車道を逸脱しそうになつたため、慌ててハンドルを右に転把したため、センターラインをオーバーして対向車線に進入し、折から対向車線の中央寄り車線を池袋方面から王子方面に進行していた原告運転の被害車に正面衝突し、原告に後記傷害を負わせたものである。
原告は、被害車を運転して、右道路を被害車と反対方向の池袋駅東口方面から王子方面へ走行していたが、加害車が前記のような経過で対向車線に進入してきたため、避けるいとまもなく、加害車に衝突された。
以上の事実が認められ、前掲一号証の二及び四並びに弁論の全趣旨によつて原本が存在し、真正に成立したと認められる乙二号証中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
2 右事実に徴すると、本件事故は、時田が、指定最高速度を大幅に超過して走行していたため、本来なら難なく避けられる横断中の歩行者を避けるためのハンドル操作を誤つたために発生したものであつて、時田には重大な過失があり(横断中の歩行者に事故発生につき過失があるとしても、時田との共同責任である。)、それに比して、原告にはなんらの過失も認められないから、被告の過失相殺の抗弁は理由がない。
なお、原告は、東京労働基準局では、本件事故についての労災保険の求償につき原告の過失を二〇パーセントと算定している旨主張し、原本の存在、成立ともに争いのない乙三号証によれば、労働基準局が、被告に対し、労働災害補償保険法一二条の四による損害賠償の請求に際し、被告側の過失を八〇パーセントとしていることが認められるが、右の労働基準局の判断がどの様な根拠によつてなされているものか不明であり、前記の判断に何らの影響を与えるものではない。
四 同3(原告の受傷状況)の事実について判断する。
成立に争いのない甲二号証の一から二二まで及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
原告は、本件事故により外傷性頭頸部症候群、全身打撲、胸肋間挫傷の傷害を受け、昭和五七年四月九日から同年五月一六日まで三八日間、頭部打撲症(頭部血腫)、頸椎捻挫、腹部打撲症、内臓破裂の疑いの病名で豊島区上池袋三丁目一番三号所在の鈴木外科に入院し、同月一七日から同年七月一日まで四五日間、頭部打撲症、腹部胸部打撲傷、頸椎捻挫の病名で江東区木場五丁目七番五号所在の木場病院に通院し(実治療日数二八日)、同月二日から昭和五九年五月一五日まで外傷性頭頸部症候群、全身打撲、胸肋間挫傷の病名で台東区柳橋二丁目二〇番四号所在の柳橋病院に通院した(通院実治療日数五一〇日、その間昭和五八年七月八日から八月二〇日まで四四日間入院した。)が完治せず、同日症状固定したが、両頸部、小後頭神経領域に疼痛、圧痛が残り、頭重感、めまい、嘔吐感等の諸症状があり、自動車保険料率算定会自賠責保険調査事務所から自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級の後遺障害がある旨認定を受けている。
以上の事実が認められ、右認定の事実に反する証拠はない。
五 同4 (損害)の事実について判断する。
1 治療費 四九三万九二六二円
原告が、治療費として、後記各病院についてその主張の金額を要したことは当事者間に争いがない。
(一) 鈴木外科病院 一二一万三三八〇円
(二) 木場病院 二三万七七三〇円
(三) 柳橋病院 三四八万八一五二円
合計 四九三万九二六二円
2 入院雑費 八万二〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告は、右入院期間(八二日間)中、入院雑費として一日当たり一〇〇〇円を要したことが認められる。
3 通院交通費 二三万円
原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲三号証の一から四まで及び原告本人尋問の結果によれば、原告等の交通費として右金額が相当と認められる。
4 休業損害 七五九万五六八八円
原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時タクシー運転手として栄泉交通株式会社に勤務し、日額換算九九四二円の収入を得ていたものであるが、本件事故のため、昭和五七年四月九日から昭和五九年五月一五日までのうち原告主張の七六四日間全く勤務ができなかつたことが認められる。
そうすると、その間の休業損害は次の計算式のとおり右金額となる。
(計算式)
九九四二円×七六四=七五九万五六八八円
5 賞与減額損 一三二万六一七〇円
原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲四号証の一から五まで及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右休業のため、その期間に得られるはずの右金額の賞与が得られなかつたことが認められる。
6 入通院慰藉料 一六〇万円
本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、原告の、本件事故により受けた傷害による入通院のための精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
7 後遺障害慰藉料 一八〇万円
本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、原告の、本件事故による後遺障害による精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。
8 逸失利益 二一九万八一〇一円
前認定の原告の後遺障害の内容、程度等に原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲七号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、少なくとも、原告主張のとおり、原告は、前記後遺障害のため、症状固定日から五年間にわたり一四パーセントの労働能力を喪失したものであると認められるから、前記収入日額九九四二円を基礎にし、五年間の逸失利益をライプニツツ方式で年五分の割合の中間利息の控除をすると、次の計算式のとおりの金額となり、これは、原告主張の金額を若干超えるから、原告主張の金額の限度で認めることとする。
(計算式)九九四二円×三六五×〇・一四×四・三二九四=二一九万九四九一円(円未満切捨て)
合計 一九七七万一二二一円
9 損害のてん補
原告は、自賠責保険、労災保険及び被告から合計一三八五万八九三七円の支払を受け、右の他労災保険から休業特別支給金として一五一万八八三二円の支払いを受けていることは当事者間に争いがない。原告は、右の金額全額を損害から控除する旨主張しているので、以上の金額を右損害から控除すると残額は四三九万三四五二円となる。
10 弁護士費用 四五万円
弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が任意に右損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当である。
合計 四八四万三四五二円
六 以上のとおり、原告の本訴請求は、四八四万三四五二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年四月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川博史)